通算4000号、35年を振り返る

フリーペーパー「ライナー」は、今号で4000号を迎えることができました。これも読者の皆様、顧客の皆様のおかげであり、あらためて御礼申し上げます。ライナーは「市民のより豊かな生活に資する情報紙」を目指し、1984年に創刊しました。毎週2回、締切に追われながら日々の業務を行っていると、「自分たちは何のためにライナーを発行しているのか?」。使命や存在意義みたいなものを、立ち止まって考える機会はなかなかありません。会社の一番奥の倉庫に保管されているバックナンバーをひも解きながら、35年の歩みを振り返ってみました。

<創刊号>昭和59年5月17日

ライナー創刊号:昭和59年5月17日

 

この時代は全面モノクロの紙面。表紙には8段抜きで、石狩川と旭橋の方から撮影した中心部の写真が掲載されています。最近の紙面では見ないまちの名士の祝辞などが載っていて、旭川に突然登場したフリーペーパーを、なんとか市民に信用してもらいたいという思いが伝わってきます。ライナーという小船は乗員10人弱、バブルという時代の荒波に翻弄されながら、35年も続く長い航海をここから始めたのです。(途中、遭難しそうになることも多数)

<1000号>平成2年11月28日

ライナー1000号:平成2年11月28日

 

創刊から7年。1000号を迎えたこの号では、創業者の安井一雄の「1000号達成、感無量」というあいさつ文が掲載されています。この中で安井は「私たちはややもすると、商社広告情報を軽視しがちです。しかし本来人間が生産と消費により、生きているものであるとすれば、その活動を続けるための情報は重要であり、その一つが商社広告なのです」。そして「広告こそ、人間が生きるために必要不可欠の情報であります」と、力強く言い切っています。これは、広告出稿を唯一の収入源とするフリーペーパーのアイデンティティーのような言葉で、現スタッフの私たちの胸にも強くささり、勇気を与えてくれます。

<2000号>1993年3月23日・24日号

ライナー2000号:1993年3月23日・24日号

 

なぜ、日付が2日間になっているのか?配布体制の拡充により、この当時発行部数は120,000部に増えていました。エリアも広がり、配布員さんの負担を軽減するため、2日間かけて配るという発行スタイルに落ち着きました。しかし、それでは地域によってポストに届く日時がまちまちで、「子犬をもらおうと電話したら、いつも遅くていなくなっちゃっている(※読者の売買情報などを載せたライナー広場より)」とか、広告主の皆様にとっても「売り出しの告知がしにくい」といったご意見が寄せられました。現在は発行日の午前中にすべて配布が完了するようになっています。配布員の皆さん、いつもご苦労様です。そして、ありがとうございます。

<3000号>2009年4月10日

10年前になると、紙面は全ページカラーで、発行部数は160,000部。現在の紙面とほぼ同じ体裁になりました。毎週火曜と金曜、1年間の発行回数はおよそ100回。10年で約1000号という計算ですが、創刊から10年間は週3回発行していたこともあり、この年で創刊25年を迎えました。この時のキャッチコピーは「これからも、このまちと」。インターネットの普及で情報発信や流通の仕組みが、どんどん変化していった時代にあって、変わらないのは、「地域の人々の暮らしがそこに存在すること」です。このまちに育てていただいたライナーは、どんなに時代が変わっても、地域の人々の暮らしの寄りそう存在でありたいと願っています。

<4000号>2019年3月26日

平成最後の年に、創刊35年、通算4000号を迎えることができました。今号では、日ごろお世話になっている広告主の皆様のご協力で、「4000」にちなんだ商品やサービスを考案していただきました。グルメ、スイーツ、温泉など、普段よりかなりお得なラインナップが並んでいます。ぜひご利用ください。

誕生から35年、4000号を迎えたフリーペーパー「ライナー」、WEB版「ライナーWEB」を今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

(株)ライナー編集長 秋野幸嗣